大丸

大丸の歴史

株式会社大丸の創業は1717年に下村彦右衛門正啓が今の京都市伏見区京町に呉服店大文字屋を開業。1726年大阪心斎橋に進出。1728年に名古屋本町に名古屋店を開き、「大丸屋」と称した。大塩平八郎の乱では、「大丸は義商なり」と焼き打ちを免れたという。これは往時の豪商が施餓鬼(せがき)として毎年貧しい人に食料や衣服等を、今日の援助物資やボランティア的な活動を行って利益の再分配をしていたことへの庶民感情を汲みした表れでもある。また幕末には幕府軍に物資を調達した。大丸のマークはかつては○に大だったが、1983年の大阪の梅田店開店の際に現在の孔雀の羽根を図案化したCIマークに改められた。但し後述のように、社章は現在も「○に大」で、また一部店舗(下関大丸など)の外装にも「○に大」は健在である。他の百貨店よりも一足早く1998年より事業構造改革に乗り出し、国内不採算店舗の閉鎖、海外からの撤退を行う一方、2003年には札幌店を開店し軌道に乗せている。

大丸の由来

大丸の名の由来となった「大」の字を丸で囲んだ意匠は現在も社章として残る。なお、他社商標との混同を避けるため、大の字の下部と横棒の左端に「七・五・三」本の「ヒゲ」が付けられている。高度成長期は三越と並び「西の横綱」といわれたが、バブル崩壊ののち、業績は低迷。奥田務が社長就任後、不採算店閉鎖、人員削減に取り組み、収益力を業界首位級に押し上げた。今現在は
、松坂屋ホールディングスとの経営統合を決定し、新たに株式移転方式で共同持株会社「J.フロント リテイリング株式会社」を設立した。デパート業界自体が低迷していたためこういう経営統合というのも仕方ないものなのかと、正直残念に思う。二つのそれぞれのよさを残しながら、うまく融合させていってほしいと思う。名物は白餡のカステラ饅頭に「大」の焼き印が押された「大丸饅頭」。現在は梅田店と博多大丸福岡天神店で販売している。こういうものを残していってほしいと思います。

大丸の札幌店

大丸のなかでも、やはり評価が高いのは、札幌店である。札幌店は人員を抑えるなどの合理化を図ったため、出店後半年で営業黒字を達成し、「奇跡の成功」と業界では驚かれた。またその立地環境のよさも手伝い、地元メディアからも道内一人勝ちとの評を得ている。海外でも数多く出店していたのだが、今は撤退している。今の時代は数より質を問う時代だと思う。今メディアでは偽装、偽装と騒いでいるが、やはり根本の質を保つという事を忘れ、利益のことばかり考えていった結果でしょう。ちょっとした事でもたたかれる時代になってきているので、古くから伝統のあるこの大丸のよさをこれから先も伝承していただきたいと思います。古きといえば、新選組の制服は1863年に前身の大文字屋が受注して作成したものでだそうです。 すごい事ですよね。今や歴史のなかでしか存在しない新撰組の制服を受注していた会社が今この世に存在しているという事は。これからも頑張っていただきたい。

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